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国際税務Vol.55 移転価格の新たな選択肢

移転価格の新たな選択肢

 

国際税務Vol.55

皆様こんにちは。

国際取引を行う多国籍企業にとって重要な課題である移転価格税制は、1986年に日本に導入されて以来、少しずつ改正を重ねながら発展してきました。多国籍企業にとって対応は必須であるものの、それにかかる時間やコストは多大なものとなっています。

 事前確認制度(APA)という制度は、税務当局に事前に移転価格の確認をとることによって課税リスクを軽減するためのものとなりますが、企業側は膨大な資料を提出しなければならず、また通常は外部の専門家にも相談することになるため、多額の報酬も支払わなくてはなりません。また、資料提出後の処理に要する期間も長く、1年以内に終了するケースは極めてまれで、通常は2年~3年は要します。しかしながら、移転価格の税務調査による追徴課税のリスクをなるべくとりたくない企業側としては、事前確認制度に頼らざるを得ない状況でした。

 そのような状況が続いていたのですが、近年OECDは新しいプログラム「国際的コンプライアンス確認プログラム(International Compliance Assurance Program:以下、ICAP)」をいくつかの国々と共同で設立しました。特筆すべきは、このプログラムは事前確認制度ほど多大な時間を要せず、1年以内の終了が目標とされており、一般的には納税者が必要書類を提出してから24週間から28週間以内には終了するという点です。

 実際のプログラムの流れとしては,まず関係税務当局が国別報告書・マスターファイル等の情報をもとに多国間でのハイレベルなリスク評価・確認プロセスを行います。税務当局と企業が会議を行うこともあります。その後、当該関係税務当局が多国籍企業グループの対象期間における一定の関連者間取引について、移転価格リスク等が低いと評価した場合には,その旨を記載した評価結果書を通知します。一方、税務当局がそのような結論に達しない場合には、事前確認制度などの他の問題解決手段を当局が提案することもあります。

 ただし、この制度が事前確認制度に完全に代替するものかというと、そういうわけではなさそうです。まず、結果に対する確実性は、じっくりと時間をかけて検討した結果について税務当局を拘束する事前確認制度のほうが高くなります。ICAPは拘束力のある書面による合意を提供するものではなく、あくまでも移転価格ポリシーに対する各国税務当局の見解を記した「結果通知書」を交付するのみのものとなります。

 効力が及ぶ期間についても、直近の年度に将来4年度を合わせた5年間が事前確認制度Aの期間とされますが、現在ICAPは最大で連続4年間を対象としています。

 コスト面においては、プロセスに係るユーザーフィーもなく、ICAPで提出を求められる書類は一般的に申請者が既に保有している資料となるため、事前確認制度ほど外部専門家へ支払う報酬も高額にはならないようです。

 今までは相当の時間とコストがかる事前確認制度に頼らざるを得なかった多国籍企業にとって、このような選択肢が増えたことは歓迎すべきことではないでしょうか。税務当局側にとっても、限られたリソースの中で効率的に件数をこなすことができるため、双方にとって利益をもたらすものとなりそうです。